看護師インタビュー
掲載日 : 2021年10月13日
DONNECT:本日はお忙しい中、お時間いただきありがとうございます。よろしくお願いいたします。
峰松さん:よろしくお願いします。
DONNECT:現在は産業保健師として、活躍中とのことですが、その前はオーストラリアに行ってらしたんですね。なぜ大学病院を辞めてオーストラリアに行ったのですか?
峰松さん:学生の時から海外における緩和ケアに興味があったんです。最初は大学病院に入ったんですけど、その時からすでに3年で辞めるつもりでした(笑)英語を使った仕事がしたい、という意識もありましたね。
DONNECT:かなり割り切ってますね(笑)具体的にオーストラリアではどんな仕事をしていたのですか?
峰松さん:オーストラリアでは、日本の看護師資格があれば半年前後でアシスタントナース(Assistance in Nursing)の資格を取得できるんです。それを使って、老人ホームで働いていました。認知症の患者さんや身体的なサポートが必要な方、亡くなる方のケアなど終末期のケアも多く経験しました。
オーストラリアでは患者さんを抑制することは法律で禁止されていて、ベッド柵を上げることも抑制となるので基本は上げないです。その分、ベッドを限りなく低くし転げても大丈夫なように床にクッションを敷くなど色々な工夫がありました。
また、寂しい思いをしている患者さんも多かったので、家族のような付き合いになることが多かったですね。色々な国籍の人が多い中、日本のきめ細かく丁寧な看護スタイルはかなり喜ばれました。コミュニケーションも濃厚なので、強い情熱を持って取り組むことができました。
DONNECT:確かに病院よりも、そのような終末期ケアの方が、より患者さんとは密接な付き合いになるのでしょうね。仕事を通じて何か印象的だったことはありますか?
峰松さん:亡くなる前の人を見てて強く感じたのは、人間は、どのような仕事をしてきたかがアイデンティティの中心になる、ということですね。
元々軍人だった人は、昔の軍隊にいた頃の写真を病室に飾ったり、元々オペラ歌手だった人は、例え重度の認知症だとしても、気分がいいと歌ったりだとか。
あとは、入職したばかりの時に、ローズっていう意地悪な患者さんがいたんですね。
「飲み物はリンゴジュースとオレンジジュースどっちがいいですか?」
って聞きに行った時に、すごく嫌な感じで発音を注意してきたんですよ(笑)それでローズのことをもっと知ろうと思って調べたら、昔英語の先生だったということがわかったんです。
なのでそれ以降は「英語でこれはどう表現するの?」など、英語を教えてもらうように積極的に関わり、ローズの尊厳や人生を尊重する姿勢を持つことで良い関係性を築くことができました。
やっぱり、人間ってその人のやってきた仕事で、アイデンティティが構成されているんだな、と思いました。
DONNECT:それは貴重な経験ですね。確かに仕事だったり、ずっとやっていた運動だったり音楽だったりというのは、自分自身の確かなアイデンティティになりますよね。
峰松さん:そうですね。なのでそれ以降働く世代に対しての看護医療の取り組みをしたいな、と思い、現在は産業保健師として働いている、という感じです。
DONNECT:再度病院で働くという考えはなかったのですか?
峰松さん:オーストラリアで自由度の高い終末期ケアを経験することができて、日本の病院ではこれ以上のパッションを持って働けないな、臨床の看護師にはもう戻れないな、という気持ちがありましたね。
DONNECT:現在はどのような仕事内容なのですか?
峰松さん:産業保健師としてカウンセリングをして社員さんのメンタルフォローをしたり、保健指導をしたりしています。健康増進にも力を入れていて、様々な企業とコラボして、講演を企画したり、運動イベントの企画や運営をしています。外資企業になるのでグローバルナースチームとのミーティングで各国のCOVID-19の対応状況を共有したり、英語でのプレゼンをしたりチャレンジングなこともあり楽しんでいます。自由度が高いので、仕事の合間を見つけてジムに行ったり、プライベートな時間を楽しむこともできています。今後は朝サーフィンに行ってから仕事をするようなライフスタイルにしていきたいです(笑)
DONNECT:今後のキャリアプランはどのようなものですか?
峰松さん:保健師として力をつけ、将来的には色々な企業に携わり知見を深めたいです。並行して英語力の向上のため勉強を続けたいと思っています。働く世代の心理学をもっと学びたいと思っているのでよりアカデミックな勉強ができたらいいなと思っています。
DONNECT:素晴らしい目標をお持ちなんですね。今後も応援しております。本日は貴重なお話をありがとうございました。